映画「フルメタル・ジャケット」は面白い?感想と動画配信サイトで無料で見る方法

洋画(海外映画)

スタンリー・キューブリックの代表作のひとつである「フルメタル・ジャケット」は、ベトナム戦争をテーマに描いた戦争映画です。

地獄の黙示録」や「プラトーン」のように、ベトナム戦争をテーマにした映画には数多くの傑作があります。しかし、「フルメタル・ジャケット」ほど、余分な感情を廃して戦争の現実を淡々と描いた傑作は他にありません。

本記事では「フルメタル・ジャケット」の魅力や感想を余すところなく紹介。また、主な動画配信サイトでの配信状況や無料で映画を視聴する方法についても解説します。

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反戦映画ではない?フルメタル・ジャケットはこんな映画

20世紀映画界の鬼才であるスタンリー・キューブリック。「2001年宇宙の旅」や「シャイニング」といった数々の代表作は、徹底的にこだわり抜いた演出手法によって、一度見たら忘れられないインパクトを与えます。

そんな彼の作品である「フルメタル・ジャケット」は、20世紀の惨事であるベトナム戦争が題材であり、キューブリックのメッセージ性を特に強調している映画作品です。

ベトナム戦争の映画と聞くと、反戦をテーマにしていると思う人も多いのではないでしょうか。しかし、「フルメタル・ジャケット」から明確な反戦思想を読み取ることは難しいかもしれません。確かに悲惨な戦争シーンはいずれも現実味を帯びており、見る人に衝撃を与えます。

ですが、作中では人の死に対して一時の感情の爆発はあるものの、死を契機とした悲壮感が流れるわけではなく、過去を懐かしんで戦争反対と訴えるようなシーンもありません。ただただ、あり得たかもしれない現実をキューブリック一流の演出でもって綴り、見る人にあらゆる印象を抱かせるのが本作なのです。

映像によるメッセージ性が強く出るキューブリックの作品において、本作で最も強調すべきポイントがハートマン軍曹の存在でしょう。

ベトナム戦争への志願兵に対して、訓練教官であるハートマンはきわめて暴力的な発言でもって、まだ若い青年達の心身を容赦なくいたぶっていきます。耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言の数々は、映像や動画による印象を重視するキューブリックの作品において、言葉による獰猛なイメージを焼き付けるのです。そのイメージはたとえ字幕であっても削がれることはなく、場合によっては不快感すら与えることでしょう。

ハートマンによる過酷な訓練は、いたいけな青年達の尊厳を剥奪し、理性的な大人ではなく、命令に従順で暴力的な子供へと変容させていきます。観客はだんだん、戦争と隣り合わせの狂気が見え隠れしていることに気がつくでしょう。

やがて、登場人物のひとりであるレナードは訓練のさなかに精神を蝕まれていき、ベトナム戦争へ赴く前にその狂気を爆発させてしまいます。戦争をただ悪いものとして描くのではなく、死にきわめて近い非日常として、見え隠れする狂気とともに淡々と描いているのが、この作品の魅力でもあるのです。

必見、フルメタル・ジャケットを絶対見るべき3つのポイント

おすすめポイント1:ハートマン軍曹の強烈なキャラクター

「フルメタル・ジャケット」を語るうえで絶対に外せないのが、なんといっても鬼教官ハートマンの強烈なキャラクターです。

映画の開始早々、ハートマンはベトナム戦争への志願兵としてやってきた青年達に対して、非常に下品かつ猥褻で過激な言葉でもって罵倒を繰り返します。その台詞は放送コードに抵触する可能性が高いらしく、長らくテレビ放送されていない遠因であると噂されることも。

絶大なインパクトを与えるハートマンの怪演は、キャストであるロナルド・リー・アーメイが実際に海兵隊の教育教官の経験をもっていたことも影響しています。

もともと、ロナルド・リー・アーメイは俳優への演技指導を任されていました。しかし、その演技指導があまりにも暴力的な凄味を伴っていたため、配役に抜擢されることになったのです。

ところで、映画制作全般に対して完璧主義であったキューブリックは外国語の字幕作成にも大変なこだわりがあったとされています。

当初、ハートマンの台詞をできるだけ穏やかな口調で構成した日本語字幕を見たキューブリックは、過激さが出ていないと字幕の作り直しをさせたという逸話もあるくらいです。目を覆いたくなるような日本語字幕は、ハートマン軍曹の居丈高な演技と相まって、彼の獰猛なキャラクター性をはっきりと脳裏に焼き付けます。

おすすめポイント2:非日常からにじみ出す狂気

「フルメタル・ジャケット」の物語は大きく2つに分かれ、前半では志願兵に対する訓練が、後半ではベトナム戦争に参加した兵士の様子が、それぞれに描かれます。

基本的に、作中では友情や信頼といったような登場人物の間における感情が明確に語られることはほとんどありません。ただただ、登場人物にふりかかる訓練や戦争の様子が描かれます

しかし、そこで描かれるハートマン軍曹の過酷な訓練も、死と隣り合わせの戦争も、いずれも現実にはあったかもしれない、非日常の世界なのです。

映画を見ているうちに、観客はその非日常に違和感をもたなくなっていきます。そこで不意に、動画の向こうが非日常の世界だと気づかされるのが、志願兵のひとりであるレナードのふれた狂気です。

ドジで愚鈍ながらも温和なキャラクターとして描かれるレナードは、ハートマンのしごきや同じ訓練生からのリンチに遭い、やがて精神が不安定になっていきます。当初の温和な性格はなりを潜め、暴力的な衝動に突き動かされていく場面からは、非日常が生み出す人間の狂気の生々しさが表出していくのです。

狂気にとりつかれたレナードが見せる笑顔は、キューブリックによる光と影の演出も相まって、明らかに異質なものとして観客の目に映ることでしょう。

おすすめポイント3:随所にちりばめられたキューブリック一流の演出

どんな映画にも印象的な演出があるものです。しかし、キューブリックの作品には緻密に計算されたかのように作られた場面が随所に見られ、ひとつひとつのシーンが映画を見終えたあとも脳裏にはっきりと焼き付きます。それは「フルメタル・ジャケット」においても例外ではありません。

たとえば、前半の宿舎における整然と並んだ2段ベッドやトイレ、そして教官室とトイレの位置は、いずれも記憶に残りやすいシンメトリーな配置になっています。カメラワークはシンメトリーを強調するかのように、あらゆる角度で撮影を行っていくのです。

その人工的で寒々とした構成は、規則正しく並んだ訓練生の人間性を剥奪し、命令に従順な兵士へと矯正するシーンにひどくマッチしており、閉塞感を覚えることでしょう。

キューブリックの独特の演出は何も画面構成だけではありません。後半の報道員が集まるシーンでは、場違いなスヌーピーのキャラクター像がさりげなくインテリアとして飾られており、戦地における場違いさを強調します。

また、戦争映画には不似合いである1960年代のポップミュージックが全編を通じて使用されているのも大きな特徴のひとつ。人の死を目に焼き付けながら聴く明るい音楽は、決してハッピーエンドの印象を与えることはありません。

むしろ戦争の異常性を際立たせるとともに、戦争に対する皮肉さを感じ取ることができるでしょう。

フルメタル・ジャケットはこんな人におすすめ

戦争映画をよく見る人

多くの戦争映画は、戦争における悲惨さや登場人物の非業の死を通じて、戦争は悪いものだという印象を与えます。ときには戦争というテーマを利用してお涙頂戴のハッピーエンドを演出するためのスパイスにすることもあるでしょう。

しかし、「フルメタル・ジャケット」を通じて反戦や感動といった感情を想起することは、あまり期待できないかもしれません。そこにあるのは訓練生に対する過酷な訓練の現実と、ベトナム戦争における死の現実です。ある人は動画を通じてただ戦争の現実を目の当たりにしてしまった、といった感想すら抱くことでしょう。

戦争そのものはエンターテイメントでは決してありません。けれども、戦争をテーマとした映画はエンターテイメントになり得ます。迫力の戦闘シーンで相手を倒し、平和を勝ち取る主人公の姿に感動する人こそ、「フルメタル・ジャケット」を通じて戦争映画の奥深さをより楽しむことができるでしょう。

余分な感情が排された本作を通じて、戦争を客観的に見つめ直し、映画のメッセージ性を強く感じることができるはずです。キューブリックの作品はひとつひとつの場面が見せるメッセージ性に主眼が置かれることが多く、それだけに多くの解釈が成り立ちます。

映画に芸術性を求める人

キューブリック一流の演出は必見です。映画セットのシンメトリーな配置、一定の角度で規則正しく迫り来る軍用車の群れ、選び抜かれたBGMによるシニカルな効果は、どれも一見の価値があります。一般的な大衆娯楽映画とは一線を画した映像からは、ある種の芸術性すら感じられることでしょう。

キューブリックは撮影だけではなく、脚本、演出、編集、選曲、果ては日本語字幕のチェックまで、すべて自ら行う完全主義者であったといわれています。

キューブリック後期の作品として1987年に公開された「フルメタル・ジャケット」は、決して新しい映画とはいえません。しかし、映画監督として円熟したキューブリックのセンスが凝縮された作品です。映画をひとつの芸術作品として捉える人には今もなお新鮮な驚きを与えるとともに、その解釈の難しさを楽しむことができます。

ブラックユーモアが好きな人

キューブリック作品の特徴のひとつであるブラックユーモア。「フルメタル・ジャケット」もまた、作品の大半がブラックユーモアで構成されているといっても過言ではありません。ハートマンの強烈な台詞はもちろんのこと、兵隊同士で冗談を言い合うシーンですら、皮肉交じりの応酬がこれでもかというほど繰り広げられます。ときには人種差別や女性蔑視など、放送コードに引っかかるような内容も。

それすら戦争という異常な舞台を免罪符として、どこか腑に落ちるような、世界観にぴったりとはまるような感覚を受けることでしょう。

一方、BGMの選曲は明らかに異質です。終盤、米兵達が戦地から帰還する際に部隊全員で合唱するあの歌は、戦争を美化することも、また反省することも拒否するような印象を与えます。

おそらく、楽曲本来の明るさをそのまま享受することはできないでしょう。しかし選曲に裏付けられるパンチの効いた風刺は、ブラックユーモアが好きな人にとっても、不可解で形容しがたい感情を喚起されるのではないでしょうか。

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これでわかる、フルメタル・ジャケットのあらすじ※ネタバレ注意


「フルメタル・ジャケット」のあらすじについて紹介します。一部、話の根幹にかかわるネタバレが入っていますので、読み進める場合は注意してください。

ベトナム戦争期のアメリカ合衆国、米軍海兵隊の訓練キャンプにおいて、志願兵として集まった青年達は頭を坊主に刈られ、鬼教官ハートマン軍曹の過酷な訓練を受けます。ハートマンは強烈な罵詈雑言と容赦のない暴力でもって青年達の尊厳を奪い、命令に従順な兵士へと作り替えていくのです。

志願兵のひとりであるレナードは、つねに笑っているような表情からハートマンに「ほほえみデブ」と侮蔑されることになります。運動神経はもとより、靴紐すらうまく結べず一般的な能力に難があるレナードに対して、ハートマンの指導は次第にエスカレート。

レナードをかばう主人公ジョーカーの尽力も無駄におわり、さらにはレナードのしでかしたミスに対して、他の隊員全員が見せしめの懲罰を受けることになります。

誰かのミスを別の誰かに償わせるというハートマンの手法は、あの手この手で青年達を従順な兵士に変えていくという彼の老獪な一面を表現しているといえるでしょう。

ちなみに、たびたび訓練中に歌われる「ミリタリーケイデンス」は、かつてのファミコンソフト「ファミコンウォーズ」のCMでもパロディとして用いられました。おそらく30~40代のファミコンに親しんだ世代は、その歌を聴いた瞬間に膝をたたきたくなるはずです。

ある日の夜、レナードは自分の代わりに懲罰を受けた志願兵達の恨みを買い、リンチに遭います。彼の面倒を見ていたジョーカーもやむなくリンチに参加し、次第にレナードの精神はおかしくなっていくのです。

自分の銃に対して話しかける様子は明らかにおかしく、周りの志願兵から不気味がられます。さらには病気除隊の可能性すら示唆される始末。

しかし、レナードは訓練を経て、やがて銃の才能を開花させていきます。その才能はハートマン軍曹も認めるほどであり、ついにレナードはジョーカーや同じ志願兵のカウボーイとともに卒業式の日を迎えることができました。

ここでレナードを演じるヴィンセント・ドノフリオの目付きは、序盤のものとは明確に異なります。ほほえみデブと形容された鈍重そうな笑顔はなりを潜め、敵意とも殺意ともとれるような、明らかに狂気をはらんだ目付きへと変わっていくのです。

卒業式の夜、トイレでひとり佇むレナードの手には実弾入りの銃がありました。それをとがめ叱責するハートマンに対して、ついにその狂気が爆発します。レナードはハートマンを射殺したあと、その場で自分の頭を打ち抜き、自殺してしまうのです。一部始終を見ていたジョーカーには、なすすべもありませんでした。

ちなみに、タイトルである「フルメタル・ジャケット」がつぶやかれるのは、この実弾を持ち出したシーンにおけるレナードの台詞のみです。その後、実弾があらゆる死をもたらすことを想像すると、狂気にかられたレナードが実弾を見てタイトルをつぶやいたという点は、作品を解釈するヒントになるかもしれません。

ジョーカーは訓練キャンプを卒業後、戦地であるベトナムへ赴き、そこで米軍の報道部隊に配属されることになりました。同じ報道員の仲間とベトナムでのひとときを謳歌するのもつかの間、すぐに北ベトナムによるテト攻撃を受け、ジョーカーは戦場の匂いを強く感じ取ります。

前線での様子を報道するよう命じられたジョーカーは、そこで同じ訓練生のひとりであったカウボーイと再会し、彼の所属する小隊に同行することになりました。

余談ですが、ジョーカーが前線へ向かう際の輸送ヘリでは、ドアガンナーが逃げ延びるベトナム人を上空から機関銃で打ち抜いていくシーンがあります。

このドアガンナーを演じたティム・コルセリは当初ハートマンを演じるはずでした。そのため、配役がロナルド・リー・アーメイに変更されたことに少なからず不満をもっていたとのこと。

ドアガンナーがベトナム人を打ち抜いていくシーンは数分程度であるものの、そこで発せられるベトナム人に対する口汚い罵りはハートマンの台詞と比べても強烈です。結果としてハートマンの役では表現できなかったであろう、戦時における狂気にかられた兵士を強く印象づけることになりました。

ある日、北ベトナムの部隊が撤退をはじめるらしいという情報を入手した米軍は、カウボーイの小隊へ確認を命じます。しかし交戦地帯で待っていたのは、いまだ止まぬ砲撃でした。

小隊長を失い、次いでぬいぐるみを使用したブービートラップにより分隊長を失った部隊は、カウボーイを次の隊長として進撃していきます。

やがて、本来の進路から外れていることに気がついた部隊は、進路修正をしようとした際に狙撃手からの攻撃を受けることに。ひとり、またひとりと狙撃手の攻撃を受け、部隊は身動きがとれません。

決死の覚悟で打ち抜かれた兵隊が死亡したことを確認した部隊は、狙撃手に対して報復を行うことを決め、狙撃手が隠れていると思われる廃墟の中へ突撃していくのです。

なお、ベトナム戦争を題材にしているにもかかわらず、本作はイギリス国内で撮影しています。ベトナムの市街と見紛うシーンの数々に対して、どのあたりがイギリスなのだろうと思いながらこの映画を見ることで、動画の巧みな表現技術を楽しむことができるでしょう。

廃墟の中で様子をうかがうジョーカーが目にしたのは、まだ幼い少女が銃を構えて窓の外を凝視している姿でした。思わぬ狙撃手の正体に対して慌てたのか、安全装置を外すのに手間取ったジョーカーは、逆に少女から撃たれそうになります。しかし間一髪、仲間が代わりに少女を撃ち、ジョーカーは一命を取り留めました。

瀕死の少女を取り囲む部隊の意見は分かれます。殺せという意見に対して、引き金を引けないジョーカー。そのとき、瀕死の状態の少女はかすれた英語で、殺してくれと懇願します。ためらいのあとに響く銃声と、ジョーカーの表情を失った顔が映る中、見えない誰かの声がジョーカーの行いを口汚く賞賛するのでした。

任期をおえて無事に帰還する部隊は、世界中でもよく知られたテーマソングを口ずさみながら行進していきます。五体満足で生きて除隊できることを喜ぶ台詞が紡がれながらも、ジョーカーは自分が地獄のような世界にいることをはっきりと認識するのでした。

どれも曲者揃い、フルメタル・ジャケットの主な登場人物の紹介

【ジェイムズ・T・デイヴィス(ジョーカー)役】
マシュー・アヴェリー・モディーン(Matthew Avery Modine)

本作の主人公。志願兵としての訓練を経て、ベトナム戦争における報道員として戦争に参加していきます。どこか皮肉屋な性格で、ハートマンに対してもある程度のふざけた言動で返答できる度胸があることから、「ジョーカー(おふざけ二等兵)」と命名されることに。

他方、レナードの面倒をきちんと見てやるとともに、精神が不安定になった彼に対して病気除隊の可能性も考慮するなど、仲間思いの一面も持ち合わせています。「フルメタル・ジャケット」の物語は、主に彼の視点で語られることになるのです。

作中では、ピースマークのバッジを付けながら、「Born to Kill」のメッセージが入ったヘルメットをかぶるジョーカーに対し、上官がとがめるシーンがあります。このシーンは彼の皮肉屋な性格を物語る場面のひとつです。

ジョーカーは精神科医ユングを持ち出して人間の二面性を表していると返答し、上官はそれを理解できないまま有耶無耶にしてしまいます。このやりとりはキューブリックが戦争に従事する兵隊に対して皮肉をぶつけていると解釈することもできるでしょう。

【レナード・ローレンス(ほほえみデブ)役】
ヴィンセント・ドノフリオ(Vincent D’Onofrio)

ジョーカーと同じく志願兵の青年。自分ひとりでは靴紐も結べないくらいに基本的な能力が欠けており、訓練に全くついていくことのできない状態であることから、ハートマンの厳しい指導を受けます。

また、訓練中にドーナツを隠して持ち込むなど、規律に対して疎い部分も。規律違反の懲罰を受けることになった同じ志願兵達からのリンチに遭い、レナードの精神は徐々に不安定になっていくのです。

その不安定さの進行と反比例するようにして銃の才能をだんだん開花させていき、最終的にはハートマンも一目置く存在へと成長を遂げます。しかし、そうした賞賛が彼を回復させることはなく、ついにはハートマンへ、そして自身へ、抱えた狂気を爆発させることになるのです。

全編を通じて戦争の狂気性が感じられる「フルメタル・ジャケット」において、その狂気性を最もよく体現しているのはレナードといっても過言ではありません。

なお、レナード役を演じたヴィンセント・ドノフリオはこの役へ臨むにあたり、約30キロもの増量をしたそうです。

訓練中の鈍重そうな動きはレナードのキャラクターと非常にマッチしています。実際にはどのくらい動けるのかを想像してみるのも楽しいかもしれません。

【ハートマン役】
ロナルド・リー・アーメイ(Ronald Lee Ermey)

アメリカ海兵隊の訓練教官。下品で猥褻なスラングでもって志願兵を口汚く罵倒するとともに、容赦ない暴力で人間性を剥奪し、命令に従う兵士を作り上げていきます。

皮肉屋のジェイムズをジョーカー、大柄でつねに笑顔をはりつけたレナードをほほえみデブと呼ぶなど、訓練生の特徴を踏まえて侮蔑的なあだ名を付けるのが特徴です。特にレナードに対するしごきは強烈であり、直接的な暴力と罵詈雑言は徐々に彼の精神性すら破壊していきます。

他方でレナードの銃の才能をきちんと認めるなど、正当に訓練生を評価する目を持ち合わせてもいるものの、訓練生から親しみのよう感情が想起されることはありません。

あくまで、作中では鬼教官としてのキャラクターが全面に押し出されます。戦争という非日常の世界を演出するにあたって、ハートマンほどその非日常を体現した登場人物は他にいないでしょう。レナードの狂気も、すべて彼からはじまるのです。

日本語字幕でのハートマンの台詞回しはあまりに特徴的であるせいか、未だにインターネット上でもネタとして取り上げられることがあります。

また、彼のその特徴的なキャラクター性をもとにして、多くのパロディが作られました。その代表のひとつが、実際にロナルド・リー・アーメイが声を担当している「トイ・ストーリー」シリーズの軍曹役でしょう。

出世作となった「フルメタル・ジャケット」以降、ロナルド・リー・アーメイは多くの映画に出演するとともに、アニメやゲームの声優としても活躍しました。

確認しよう、フルメタル・ジャケットの作品情報

原題:Full Metal Jacket

公開年:1987年

製作総指揮:ヤン・ハーラン

監督:スタンリー・キューブリック

脚本:スタンリー・キューブリック

※本ページの情報は2018年12月時点のものです。