映画『日本のいちばん長い日』は面白い?感想と動画配信サイトで無料で見る方法

邦画

何度も見返したい映画を視聴するときは、手軽に見られる動画配信サイトを利用するのが便利です。ここでは、何度も見返したくなる映画のひとつである「日本のいちばん長い日」についてご紹介します。

この映画は終戦直前の日本を描いたノンフィクション作品で、1945年8月14日から15日にかけてのできごとがフォーカスされています。終戦という結末を選択した日本ではその日、何があったのか?なぜ「日本のいちばん長い日」といわれるのか?動画配信サイトで視聴する方法とあわせて、作品の見どころを解説していきます。

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映画「日本のいちばん長い日」をざっくりと紹介!

原作はノンフィクション小説

「日本のいちばん長い日」は、2015年に公開された日本の映画です。原作は半藤一利の著作「決定版日本のいちばん長い日」(文春文庫刊)で、これを「クライマーズ・ハイ」(2008年公開)などで知られる原田眞人監督が映画化しました。

半藤一利は近現代史、とりわけ昭和史に関する作品を数多く執筆している作家で、「日本のいちばん長い日」は終戦を題材としたノンフィクション作品です。

公開当時から史実に忠実な作品として注目を集め、2016年の第39回日本アカデミー賞では優秀作品賞など5部門を受賞。なかでも、若き日の昭和天皇を演じた本木雅弘はその演技を高く評価され、最優秀助演男優賞に輝きました。

「日本のいちばん長い日」は、日本の映画で初めて昭和天皇をしっかりと描いた作品としても知られています。

「日本のいちばん長い日」っていつのこと?

タイトルにある「日本のいちばん長い日」とは、1945年8月14日の昼から翌15日正午までを指します。この日時を見てピンと来る人は多いのではないでしょうか。

1945年8月15日の正午は、太平洋戦争終結と日本の敗戦を国民に知らしめた昭和天皇の「玉音放送」が始まった時刻です。つまり、「日本のいちばん長い日」とは、玉音放送が流れるまでの約24時間のことなのです。

戦争を題材にした映画やドラマには玉音放送の描写があるものも多く、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」という有名な文言は、今なお多くの人が知っていることでしょう。

しかし、政府がこの玉音放送にいたるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。日本はまだ戦えると信じ、玉音放送によって敗戦が決定的になってしまうと考え、放送そのものを阻止しようとする人々が少なからずいたのです。

それは、国土の守りをあずかる大日本帝国陸軍の青年将校たちでした。彼らは「ポツダム宣言受諾」に反対し、徹底的に抗戦すべきだと本土決戦を願っていました。

当時、沖縄本島はすでに連合国軍に占拠されていましたし、東京をはじめとする各都市には相次いで空襲が行われ、連合国軍の本土上陸は時間の問題とされていたのです。

時代背景を知ることでより楽しめる

現代の日本人から見ればにわかには信じがたいと思いますが、当時においては戦争を続けるべきという抗戦派の考え方は一般的なものでした。抗戦派の青年将校たちは「自分たちは決して負けない」という自負を持っていたのです。

そのため、「戦わずして降伏せよ」という結論は受け入れがたいものでした。

政府がポツダム宣言を受諾したのは8月14日のことです。抗戦派はそこから陸軍の上層部の説得を試み、宮城(きゅうじょう・当時の呼び方で皇居のこと)を占拠するという「宮城事件」を起こしました。

抗戦派の青年将校たちは、関東一円を守備していた東部軍管区司令部の司令官をはじめ、上官たちも巻き込もうとしていました。しかし、陸軍の上層部は誰一人として抗戦派には賛同せず、彼らを足止めしようとして殺されてしまった人もいます。

そして、当時の陸軍のトップが、動画「日本のいちばん長い日」の主人公である陸軍大臣・阿南惟幾(あなみこれちか)です。阿南陸相は、7月27日に日本に降伏を求めるポツダム宣言が届いてからというもの、青年将校たちから徹底抗戦を訴えかけられる立場にありました。

戦争の終結とポツダム宣言

当時の鈴木貫太郎内閣は、ポツダム宣言が届く以前から終戦への道を模索していました。6月には昭和天皇が「戦争の終結について研究し、実現に努力するように希望する」という意思を表明しています。

そんなおりに届いたのが日本に降伏を求める「ポツダム宣言」で、この宣言には戦後の処理などについての規定が書かれていました。

しかし、日本政府にとってもっとも重要な事項については触れられていなかったのです。それは「国体の護持」(天皇制の維持)についてでした。

板挟みになる阿南陸相

国体護持を必須とする政府では、終戦を決定事項としつつもポツダム宣言にどう返答するかが最大の議題となっていきます。

いっぽう軍では宣言受諾に断固反対する声が高まり、徹底抗戦を叫ぶ者も少なくありません。阿南陸相自身は、政府の会議で一貫して「徹底して抗戦すべき」という意見を主張しています。

これは映画の中でも描かれていますし、史実として記録にも残されています。そのため、抗戦派の将校たちも阿南陸相を大いに頼りにしていました。しかし、阿南陸相は「本当に心から徹底抗戦を望んでいたのか?」と疑問が残る言動をとっているのです。

当時の内閣は、陸軍大臣もしくは海軍大臣のどちらかが辞任し、陸海軍が後任を出さなければ内閣そのものが総辞職に追い込まれるというシステムでした。

つまり、本当に抗戦したければ辞任して内閣を崩壊させ、陸軍が政権を握るという選択肢もあったのです。

そのため、軍内部からは当然のように「大臣を辞任して内閣総辞職を」という声も上がりましたが、阿南陸相はこれを拒否

さらに、政府の会議でポツダム宣言受諾賛成の声が上がるなか抗戦派の将校へと電話をかけ「多くの閣僚は宣言受諾に反対だ。君たちの意見が採用される可能性は十分にある。だから動かずに待っているように」というウソを言っています。

つまり、映画「日本のいちばん長い日」の阿南陸相は、政府の一員としてできる限りすみやかに終戦へとことを運びつつ、それを阻もうとする陸軍の抗戦派を抑えるという役目を担うこととなるのです。

阿南陸相はどうやっても相容れない「終戦」と「抗戦」との間に立ち、政府と軍との間で板挟みになりながら苦悩し続けます。

ノンフィクションだからこそ味わえる感動がある

結果的に抗戦派のクーデターは未遂に終わり、8月15日の玉音放送は予定通り行われました。阿南陸相は15日早朝に自刃し、玉音放送を聞くことなく自らの死をもって幕引きをはかっています。このとき阿南陸相演じる役所広司の鬼気迫る演技には鳥肌が立ちました。

「日本のいちばん長い日」は、昭和史に残る1日を描いた映画であり、史実に沿ったストーリーが展開されます。今日の平和の礎にどのようなことがあったのかを知ることができる、必見の作品といえるのではないでしょうか。

ここがおすすめ!「日本のいちばん長い日」の必見ポイント3

おすすめポイント1:ノンフィクションで描かれた終戦

1945年8月15日が「終戦の日」であることや、その日の正午に昭和天皇の肉声による玉音放送が行われたことは、現在においても広く知られています。しかし、14日から15日にかけて発生した「宮城事件」は、そこまでの知名度はありません。

降伏反対、終戦を阻止し徹底的に戦いたい」というその目的は、のちの歴史を知る立場からは「ありえない」と思えてしまうのではないでしょうか。あまりにも現代人の感覚から離れた価値観であるため、動画を見て「これは本当に起こったことなのか」という疑問を抱く人もいるでしょう。

しかし、宮城事件はまぎれもなく1945年の東京で実際にあったことであり、「日本のいちばん長い日」はほぼ史実通りの終戦を描いた作品なのです。

また、「日本のいちばん長い日」で描かれているのは、終戦直前の1日だけではありません。物語は1945年4月、終戦内閣ともいわれる「鈴木貫太郎内閣」が誕生するシーンから始まります。

前任の小磯國昭首相がこれといった成果を上げることができずに辞任し、鈴木貫太郎は老齢ながら内閣総理大臣となります。鈴木首相のただひとつの使命は「終戦」を実現させることでした。

しかし、当時の日本で終戦はおいそれと掲げられるものではありませんでした。軍や国民には「徹底抗戦論」が強く支持されており、反発を招くことは必至だったからです。

なかでも、元首相であり戦後は戦犯として裁かれた陸軍の東条英機は、徹底した抗戦論者でした。

こういった状況から、8月14日までのおよそ4カ月で、鈴木内閣がどのように終戦を実現させたのか?「日本のいちばん長い日」は、誰もが知っている「終戦」についてより深く知ることができる作品なのです。

おすすめポイント2:豪華俳優陣の熱演

「日本のいちばん長い日」のキャストには、役所広司、山崎努、堤真一、本木雅弘、松坂桃李といった実力派俳優が名を連ねています。それぞれが主役級の俳優であり、迫真の演技のぶつかり合いからは目が離せません。

主演の役所広司は、阿南陸相の軍人としての厳しい顔のほか、家族と過ごすやさしい父親としての顔も見せてくれます。最期の切腹のシーンでは緊迫した空気が伝わってくるようで、痛々しくも目が離せない迫力があります。

山崎努は、耳が遠く都合の悪いことは聞こえないふりをするといったしたたかな一面もある鈴木首相を、剛柔あわせ持った演技で表現し尽くしました。松坂桃李は、終戦を受け入れられず、額に青筋を立てて憤る反乱軍の畑中少佐のまっすぐな生きざまを演じています。

「日本のいちばん長い日」は、主要な登場人物が当時の政治家と軍人であるため、女性キャストの出る幕は多くありません。しかし、神野三鈴が演じる阿南陸相の妻・綾子や、放送局員を演じる戸田恵梨香など、物語の要所で強く生きる女性の姿を垣間見ることができます。

また、東条英機役の中嶋しゅう、陸相官邸の女中役のキムラ緑子といった脇役もさすがの顔ぶれです。

重厚な物語にふさわしい実力派俳優の演技なくしては、この映画の成功はなかったのではないでしょうか。

おすすめポイント3:信念を貫く男たちの生きざま

「日本のいちばん長い日」の物語の要は、抗戦派も終戦派もそれが国のためになると信じていたことです。鈴木首相は昭和天皇の「国民の生命を守るためにすみやかに戦争を終わらせたい」という思いにふれ、その思し召しを実現すべく尽力しました。

いっぽうで抗戦派は「戦いを続ければ必ず戦果を上げることができ、ひいてはそれが日本を守ることになる」と信じていたのです。

そして、双方の信念を理解できる立場だったのが阿南陸相でした。それゆえに彼は自分の中にも相反するものを抱えることとなり、映画でも表現されているように、たったひとりで苦悩したのではと思わされます。

歴史を知る後世の人間が「あれは間違っていた」「この判断は正しかった」と語るのは容易なことですが、当時の明日をも知れぬ状況では、何が最良かを判断できる人はいなかったのではないでしょうか。

その中で、互いに国とその未来を強く思いながらも相容れることのなかった男たちは、多くの血を流すこととなりました。その熱い信念と切ない現実に涙が止まりません。

「日本のいちばん長い日」はこんな人におすすめの映画

歴史・昭和史に興味がある人

昭和とは、1926年から1989年まで続いた元号です。よくマスコミなどで「激動の昭和」ともいわれるように、戦争、敗戦、高度経済成長、バブル景気といったさまざまな浮き沈みがありました。

その中でも歴史の大きな転換となったのが、1945年(昭和20年)の終戦ではないでしょうか。

「日本のいちばん長い日」はノンフィクションをもとにした映画であり、多くの資料をもとに史実に忠実に作られています。しかし、それゆえに難解な部分も少なくありません。軍人たちは総じて早口で、現代では聞き慣れない言葉も出てきます。

しかし、動画配信サービスで視聴すれば、映画館で鑑賞するのとは違い何度でも同じシーンを見ることができます。鑑賞しながらわからない単語を調べたり、インターネットで検索したりもできるのが、動画配信サービスを利用するメリットのひとつだといえるでしょう。

「終戦」は昭和史を語るのには欠かせないテーマです。「日本のいちばん長い日」は、昭和史を知る入り口とするにはうってつけの動画ではないでしょうか。

また、「日本のいちばん長い日」に登場する人々からも歴史を知ることができます。

たとえば鈴木首相は、1936年(昭和11年)に陸軍の青年将校たちが起こしたクーデター未遂事件「二・二六事件」で撃たれ、瀕死の重傷を負っています。動画の中でもその傷跡があらわになるシーンがあり、こういった知識を持って見てみるとよりいっそうストーリーへの理解が深まるはずです。

さらに、鈴木首相の妻である鈴木たかは、若かりし頃に皇孫(天皇陛下の孫)の養育係を務めていました。当時は明治天皇の世でしたので、ここでいう皇孫とはほかでもない、幼い頃の昭和天皇のことです。昭和天皇は、養育係のたかを母のように慕っていたといわれています。

人と人とのつながりが歴史を作っていくのだということが、「日本のいちばん長い日」を見るとよくわかるでしょう。

熱い映画を見たい人

「日本のいちばん長い日」は戦争をテーマにした映画でありながらも、激しい戦闘シーンは出てきません。舞台は東京で、軍内部や省庁内で繰り広げられる人間ドラマがメインです。

そのため、戦争映画に軍隊同士がぶつかる戦闘シーンを期待する人には物足りない作品でしょう。

しかし、登場人物たちは戦場の兵士と同じように、命をかけて目的を遂げようとしています。なんとなく生きている人は誰一人として存在しません。国そのものがなくなるかもしれないという時勢にあって、ただひたすらに国を思うその姿は胸を打つものがあります。

「日本のいちばん長い日」を鑑賞後、「自分に、こんなにも強く何かを思うことが果たしてあるのだろうか」と考えさせられる人もいるのではないでしょうか。

さらに、政府と陸軍との間で板挟みになる阿南陸相は、ある意味で中間管理職的です。しかし、身動きの取れない苦しい状況でさまざまな問題を抱えながらも信念を忘れず、終戦という目的を果たした阿南陸相には学ぶべきことがたくさんあります

「日本のいちばん長い日」は誰もが本気で生きた時代の物語です。彼らの生きざまに心を揺さぶられることでしょう。

昭和天皇が好きな人

「日本のいちばん長い日」は、2015年に公開される前にも1度映画化されています。初めての映画化は1967年(昭和42年)で、当時は昭和天皇の在位中であり、その描かれ方には大きな配慮がなされました。

2015年版では本木雅弘が昭和天皇を演じ、その演技を高く評価され、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。この作品は、邦画で初めて昭和天皇を真正面から描いたものとしても知られています。

本木雅弘ははじめ、このオファーに躊躇したそうですが、義母である樹木希林に後押しされて引き受けたそうです。

動画の中の昭和天皇はやわらかな話し方とやさしい声の持ち主で、軍人たちとは一線を画した雰囲気をまとう存在です。また、生物学者でもあった昭和天皇らしく、ヒメジョオンやサザエについて語るシーンも用意されています。

そよ風のような穏やかさと、未来を見据える英知、そしてわが子を思うようにすべての国民を思う深い愛情。「日本のいちばん長い日」は、名優の演技を通して今は亡き昭和天皇の面影にふれることができる映画です。

「日本のいちばん長い日」の動画を無料で見る方法はある?

「日本のいちばん長い日」の動画は、多くの配信サービスで視聴することができます。無料期間を利用すれば今すぐ無料で見ることも可能です。

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コレを読めばわかる!「日本のいちばん長い日」あらすじ※ネタバレ注意

「日本のいちばん長い日」の詳細なあらすじをご紹介します。ネタバレが含まれているため、動画で見て楽しみたい人はご注意ください。

鈴木貫太郎内閣誕生

1945年4月、海軍出身で昭和天皇の侍従長(公私にわたって支える側近たちの長官)も務めた鈴木貫太郎は、内閣総理大臣の座に就くよう周囲から推されていました。

最初は老齢であることや、軍人が政治にかかわるべきではないという信念から固辞していた鈴木でしたが、昭和天皇から直々に「もうほかに人はいない、頼む」と声をかけられたことで首相となり、鈴木貫太郎内閣が誕生。これはほかでもない、終戦のための内閣だったのです。

陸軍大臣に指名されたのは阿南惟幾

鈴木貫太郎が首相となる前、陸軍軍人で元首相でもある東条英機は「海軍出身の総理では陸軍はそっぽを向く」と声高に主張していました。当時は、内閣のうち陸軍大臣もしくは海軍大臣が辞任し、軍が後任を出さなければ内閣そのものが総辞職に追い込まれるという制度だったのです。

つまり、陸軍大臣の進退ひとつで内閣が倒れる可能性が十分にあり、陸軍大臣の選出は重要な問題でした。

鈴木はここで、阿南惟幾を陸軍大臣に指名します。阿南は鈴木が侍従長だったころに侍従武官を務めていた陸軍の軍人で、昭和天皇からの信頼が厚く、自らも人柄をよく知っている人物でした。

戦局の悪化

同盟軍だったドイツが降伏し、日本では本土決戦という言葉が飛び交うようになっていました

。6月22日には御前会議(天皇陛下が出席する会議)が開かれ、そこで昭和天皇は、命令ではなく懇談であるとして「戦争の終結についてすみやかに具体的な研究をとげ、実現に努力するよう希望する」と発言。

これにより内閣は、終戦・和平へと向けて舵を切ることとなります。

簡単ではない「終戦」

陸軍軍人の中には、未だ巨大な影響力を持っている東条をはじめ、降伏に反対しあくまでも徹底抗戦を主張する人々がいました。

そんななか、7月27日にはアメリカ・イギリス・中国が日本に対して降伏を求める「ポツダム宣言」が届きます

しかし、そこには国体護持(天皇制の存続)についての記載がありませんでした。阿南陸相は「国体護持について明らかにされていない以上、拒否を明らかにすべき」と主張しますが政府内でも意見が分かれ、ポツダム宣言に対し沈黙することとなります。

そうこうしているうちに8月6日には広島へ原爆が落とされ、鈴木首相は総辞職をほのめかされますが、「この戦争はこの内閣で決着です」と拒否。

そして、抜き打ちの御前会議(天皇が出席する会議)にて昭和天皇の聖断を仰ぎ、そのうえでポツダム宣言を受諾して軍を抑えこむという計画を立てます。それは、自らの命と引き換えにする覚悟でとった選択でした。

長い会議の果てにくだされた聖断

8月9日の午前に開催された戦争指導会議ではポツダム宣言に対する結論が出ず、そのさなかに長崎への原爆投下のニュースが届き、事態はいよいよ差し迫ってきました。

会議終了後、鈴木首相は昭和天皇へ「陛下のお助けをお願いいたします」と願い出ます。そして、急きょ御前会議の開催を通達。閣僚を待機させたまま、枢密院議長も加えて御前会議が始まりました。

会議では、ポツダム宣言受諾には国体護持を含む4条件が必須だと主張する阿南陸相と、国体護持の1条件のみを主張すべきという東郷外相とが対立します。

意見が3対3のまっぷたつに分かれたところで、昭和天皇が外相の意見に賛成したことで決着しました。世にいう昭和天皇の「聖断」です。

ポツダム宣言受諾へ

国体護持の1条件について、連合国から届いた回答は「subject to」という幅広い翻訳ができるものでした。阿南陸相は昭和天皇へ不安を訴えますが、「もうよい、私には国体護持の確証がある」と静かに告げられます。

そのころ、政局を知った陸軍内部では、徹底抗戦すべく阿南陸相をかつぎあげて決起する動きが出ていました。

閣議で閣僚たちがポツダム宣言受諾に次々と賛成するなか、阿南陸相は陸軍省へ1本の電話をかけます。

そこで、徹底抗戦へ向け決起しようとする兵士たちへ「閣僚たちの大多数は受諾に反対だ。私が帰るまで動かないで待つように」というウソを伝えました。

これは、少しでも長く陸軍内部の抗戦派を抑えこむための方便だったのでしょう。

1945年8月14日

8月14日、天皇陛下直々の招集という形で御前会議が始まりました。そこで昭和天皇は、ポツダム宣言受諾という2度目の聖断をくだします

昭和天皇の国民の生命を助けたいという思いにふれ、閣僚たちは涙を流しました。阿南陸相は、宣言受諾を知った畑中少佐たちに詰め寄られますが「納得できぬのであればまず私を斬れ」と言い放ちます。

畑中少佐はまだ戦えるという強い信念のもと、仲間たちと決起を決断し、陸軍の重要人物の説得と宮城の占拠を計画

まず宮城の東に位置する東部軍司令部(関東一帯を守備している軍)に赴いた畑中少佐は、田中軍指令官に無理矢理面会するも、「帰れ」と一喝され何もできず引き上げます。

玉音放送の準備

ラジオからは、翌15日の正午から重大な放送があることを告げる放送が流れています。昭和天皇の声を録音するために、日本放送協会(NHK)の職員らが宮内省(現在の宮内庁)に集まりました。

円盤(レコード)は「玉音盤」と呼ばれ、放送の直前まで宮城内にて保管することになりました。阿南陸相は鈴木総理のもとを訪れ、強硬な意見を申し述べたことをわびつつ、南洋から届いた葉巻の箱を差し出します。

それを受け取った鈴木首相は、背中を見送って「阿南くんは暇乞いに来たのだよ」とつぶやきました。

東部軍司令部の説得に失敗した畑中少佐は、宮城のすぐ近くにある近衛師団(皇族を守護する部隊)の本部へと出向きます。抗戦派の兵士たちが森師団長の説得にあたっていますが、うまくいっていません。

そこに乗り込んだ畑中少佐は森師団長を殺害。師団長の判子を奪ってニセの命令を出し、玉音盤を奪い終戦を阻止すべく宮城を占拠しました。

反乱軍は血眼になって宮城内部で玉音盤を探し回りますが結局見つけることはできず、畑中少佐たちは追い詰められていきました。

それならばせめて国民に自分たちの気持ちを伝えたいと、反乱軍は放送局へと乗り込みます。警報中の放送は軍の許可がないとできないと拒否する放送局員たちに銃を突きつけ、畑中少佐はマイクに向かって徹底抗戦を呼びかけます。しかし、その声が電波に乗ることはありませんでした。

夜が明け、反乱軍に与した将校たちは次々と自決します。畑中少佐もまた、玉音放送が始まる前に宮城の芝生の上で自らの手で人生に幕を下ろしました

阿南陸相の最期

14日の深夜に陸相官邸へと戻った阿南陸相は「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」という短い遺書を書き残し、同席する竹下中佐に腹を切ることを告げ、ともに酒を飲み最後の夜を過ごしました。

夜明けごろに天皇陛下から賜ったワイシャツを身につけると、竹下中佐と井田中佐の介錯を断り、阿南陸相は短刀を自らの腹に突き立てます

朝、絶命した阿南陸相のもとへ、妻の綾子が訪ねてきました。綾子は、戦死した息子がどのような軍人だったかを知りたがっていた阿南陸相のために、息子の部下から聞いた話を話して聞かせます。

ラジオからは昭和天皇の玉音放送の声が流れていました。

「日本のいちばん長い日」の登場人物とキャストをチェック!

【阿南 惟幾役】役所広司

鈴木貫太郎内閣における陸軍大臣です。最後まで徹底抗戦を主張する陸軍兵士たちと、ポツダム宣言受諾賛成に傾く閣議との間で苦悩します。8月15日早朝、正午の玉音放送を聞くことなく、切腹により自決しました。

演じる役所広司は「SAYURI」(2005年公開)「三度目の殺人」(2017年公開)などの代表作を持ち、本格時代劇からコメディまでこなす名俳優です。

【鈴木 貫太郎役】山崎努

海軍軍人であり、終戦時の内閣総理大臣です。慶応3年(1868年)生まれで、内閣総理大臣に就任したときはすでに77歳という老齢でした。自らの内閣で戦争を終わらせると決意し、それを実行します。

演じたのは、伊丹十三監督の「お葬式」(1984年公開)などで名を知られる山崎努です。「日本のいちばん長い日」の動画では、その存在感を十二分に発揮しました。

【畑中 健二役】松坂桃李

日本のポツダム宣言受諾に反発し、仲間に徹底抗戦を呼びかけ「宮城事件」の首謀者となる陸軍少佐です。登場人物の中では若く、降伏を受け入れられない純真な青年として描かれています。

演じる松坂桃李は2009年に放送された特撮ドラマ「侍戦隊シンケンジャー」でデビューした俳優で、「娼年」(2018年公開)などの代表作があります。

「日本のいちばん長い日」の作品情報はこちら

原題:日本のいちばん長い日

公開年:2015年

製作総指揮:迫本淳一

監督:原田眞人

脚本:原田眞人

原作:半藤一利